大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2323号 判決

控訴人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 井関勇司

被控訴人 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 野田底吾

同 羽柴修

同 古殿宜敬

同 本上博丈

主文

一  原判決を取り消す。

二  原判決添付目録記載の建物が控訴人の所有であることを確認する。

三  控訴人の主位的請求及び予備的第一請求をいずれも棄却する。

四  被控訴人は、控訴人に対し、第二項記載の建物につき所有権保存登記手続をしたうえ、昭和五一年一一月一六日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

五  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  主文第一、二項と同旨。

二(主位的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき所有権保存登記手続をしたうえ、昭和四〇年二月二五日死因贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(予備的第一請求)

被控訴人は、控訴人に対し、本件建物につき所有権保存登記手続をしたうえ、昭和四〇年二月二五日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(予備的第二請求)

主文第四項と同旨。

(予備的第三請求)

被控訴人は、控訴人に対し、本件建物につき所有権保存登記手続をしたうえ、昭和五二年三月一八日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(なお、右予備的第二、第三請求は当審において追加されたものである。)

第二  事実関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決二枚目表一二行目の「甲野松江(以下松江)という)」を「甲野松子(以下「松子」という。)」に、原判決事実摘示中の「松江」を「松子」に、「花枝」を「花子」に、「夏枝」を「夏子」にすべて訂正する。)。

原判決二枚目裏三行目の「取得した」の次に「(主位的請求の請求原因)」を、三枚目表六行目の「認められないとしても、」の次に「左記のとおり時効取得の主張をする。」を、同裏一行目の「取得した」の次に「(以上予備的第一請求の請求原因)」を付加し、同行目と同二行目との間に左記を付加する。

(三) 仮に、太一(以下「太郎」という。)の占有に所有の意思が認められないとしても、控訴人は、本件建物を自己が単独相続したものとして太郎が死亡した昭和五一年一一月一六日から一〇年間所有の意思をもって平穏公然に占有を継続し、かつ、占有の始め善意無過失であったからその所有権を時効取得した(予備的第二請求の請求原因)。

(四) 仮に、控訴人が太郎の死亡時に本件建物を単独相続したと信じたことに過失があったとしても、被控訴人を含む控訴人全員が事実上相続放棄をした昭和五二年三月一八日以後は控訴人が単独相続したと信じても無理からぬところである。控訴人は、本件建物を右同日から一〇年間所有の意思をもって平穏公然に占有を継続し、かつ、占有の始め善意無過失であったからその所有権を時効取得した(予備的第三請求の請求原因)。」

第三  当裁判所の判断

一  請求原因1、5、6の事実は、当事者間に争いがない。

二(死因贈与〈主位的請求〉について)

松子が太郎に対し本件建物を死因贈与した旨の控訴人の主張について判断するのに、《証拠省略》中には右主張に沿う部分があるが、これらはいずれも伝聞又は推測に基づくものであり俄に採用し難い。

ところで、《証拠省略》によれば、乙山市丙川商店街の借家に居住し同所で電器店を経営していた太郎とその妻花子は昭和三五年ころ長男控訴人、二女夏子とともに本件建物に転居して松子(花子の叔母。明治一七年生で当時七六才)と同居し、同人が死亡する昭和四〇年二月二五日まで生活をともにしていたが、松子は太郎の家族とは炊事を別にしていたうえ昭和三一年ころ所有地を売却してまとまった代金を入手していたほか、乙山市丁原区戊田町二丁目に所有していた土地・建物の賃料収入もあった関係で経済的援助を必要とする状況にはなく、太郎が松子のために特段の経済的援助をしたことはなかったこと、当時松子は高齢であり持病の糖尿病のためときどき通院していたものの特に介護を必要とする状態ではなかったこと、太郎及びその家族の者が松子のために買物をしてやったり、車で病院へ送ってやったり、風呂を焚くなどして同人の生活上の面倒をみたことはあるが、これらのことは同居生活に伴う通常の協力援助の域を出るものではないことが認められるものであり、松子が太郎に対し本件建物の贈与をしなければならない程の事情ないし動機があったとは本件証拠上認められない。したがって、太郎が松子と同居して同人の世話をする代償として本件死因贈与がなされた旨の控訴人の主張は採るを得ない。

また、《証拠省略》によれば、太郎は、松子死亡後自己の負担で本件建物の固定資産税を納付したり(ただし、梅太郎名義で納付)、本件建物につき修理を行ったり、自己の名で損害保険契約を締結して保険料を支払ったりした事実があることが認められるが、これらの出捐は、太郎において本件建物を無償で使用することに伴う維持管理の費用の負担にすぎないものと評価することもできるから、死因贈与があったことを裏付けるものであるということはできない。他に、死因贈与があったとの控訴人の主張を裏付けるに足る客観的ないし的確な証拠はないので、結局、右主張を前提とする控訴人の主位的請求は棄却を免れない。

三(予備的第一請求について)

《証拠省略》によれば、松子が死亡した昭和四〇年二月二五日以降太郎が本件建物を占有し、前記のとおり固定資産税等の負担をしていた事実が認められる。ところで、占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によって外形的客観的に定められるべきものであるところ、前記のとおり死因贈与があったとの事実は認められないのであるから(他に、昭和四〇年二月二五日当時占有取得の原因たる事実があったとか、民法一八五条にいうところの事実の主張・立証はない。)、太郎の占有は所有の意思のない他主占有であるといわざるを得ない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、太郎の占有を前提とする時効取得の主張(原判決三枚目表4の(一)、(二))は理由がないから、控訴人の予備的第一請求は棄却すべきである。

四(予備的第二請求について)

《証拠省略》によれば、控訴人は、父太郎が昭和五一年一一月一六日に死亡したことにより太郎の占有を承継したのみでなく、自ら本件建物に居住しこれを現実に支配し占有を始め、その後一〇年以上にわたり平穏かつ公然に同建物の占有を継続していたこと、太郎の財産のすべてを長男である控訴人が相続することにつき相続人間で異議はなく、母花子、長女被控訴人、二女夏子、三女秋子はいずれも昭和五二年三月一八日付で太郎の相続財産につき相続分がない旨の証明書を作成提出していること、控訴人は当時本件建物は太郎の相続財産に属するものと信じていたこと、太郎は昭和四〇年八月本件建物の敷地を第三者から買い受けて所有権移転登記を了し、控訴人は相続を原因として同敷地につき同五二年六月六日に所有権移転登記を了しているところ、太郎や控訴人が被控訴人に対し本件建物の敷地についての賃料を請求したことは一度もないし、また、松子の養女であって同人の権利義務を相続により承継した被控訴人が太郎や控訴人に対し本件建物につき所有権を主張したり家賃の請求をしたことは本訴提起前の昭和六二年ころまでは全くなかったこと(控訴人は、昭和五一年当時すでに相当老朽化していた本件建物を取り壊そうと考えて昭和六二年ころ被控訴人に対し、同建物内にあった甲野家の仏壇の処理について相談をもちかけたところ、被控訴人は、その時に初めて本件建物は被控訴人のものであると言いだした。)、太郎の死後は控訴人が本件建物の固定資産税を納付し、本件建物の修理を自己の費用で行い、同建物につき損害保険契約を自己の名で締結し保険料を負担していること、太郎及び控訴人は甲野家の仏壇等祭祀財産を承継し、これまで松子らの法要を営んできたことが認められる。

右事実によれば、控訴人は、太郎の死亡により同人の相続財産の全部を相続して本件建物の占有を承継したのみでなく、自ら同建物に居住しこれを現実に事実上支配して占有を開始したものであり、その占有の態様からすれば、前記三のとおり太郎の占有には所有の意思がないものであっても、控訴人の占有は所有の意思がある自主占有であると認めるのが相当である。すなわち、太郎の相続人たる控訴人は民法一八五条にいう「新権原」により所有の意思をもって占有を始めたものというべきである。

ところで、《証拠省略》によれば、控訴人は本件建物の敷地については前記のとおり昭和五二年六月六日に相続を原因とする自己のための所有権移転登記を了しているのに、本件建物については所有権移転登記手続をしていないことが認められるが、しかし、《証拠省略》によれば、本件建物の登記は表題部に甲野梅太郎(松子の前々戸主)の住所氏名が記載されているのみで未だ所有権保存登記もなされていないものであり、控訴人への所有権移転登記を了するためには通常の場合よりも手間がかかること及び本件建物は当時相当老朽化していて控訴人は建て替える際に登記関係を明確にしようと思っていたことも認められるのであるから、控訴人が相続当時本件建物につき直ちに所有権移転登記手続をしようとしなかったことをもって前記認定判断を左右することはできない。なお、控訴人の前記占有が、その占有の始め善意、無過失であったことは、前記の認定事実及び証拠によって認めることができる。

以上によれば、控訴人は、前記相続の日である昭和五一年一一月一六日から同六一年一一月一六日までの一〇年間本件建物を平穏公然に占有したことによって本件建物の所有権を同五一年一一月一六日時効により取得したものというべきである。そうとすれば、控訴人の被控訴人に対する本件建物の所有権確認請求及び右時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求(予備的第二請求)は、いずれも理由があるから、これを認容すべきものである。

五 よって、原判決を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官 渡辺貢 中田昭孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例